昨日、癌の検査のために病院に行った。
結果は来週の月曜日に出る。
昨年の1月7日、丹沢三座の初山行から帰宅後、残尿感があり不快だった。
でも、三日ほどで気にならなくなり、水分不足だったかなと思ったりした。
毎週土曜日は夏の日本アルプスに向けての山行訓練を続けていた。
しかし、八ヶ岳の硫黄岳、横岳、赤岳の三座縦走をしたおり、硫黄岳山荘の夜、
おなかに痛みを感じた。
これは絶対おかしいと思った。
下山後、病院にかかり、癌が判明した。
その時、私は65歳。
私の母は95歳まで生きてくれていた。
私が今死んだら、私の娘達は、私の母の年齢までの30年という時間を、
思い出を残せないと胸が痛んだ。
娘達を残すことが不安になった。
私は娘達を残していくことが不安だと牧師に相談をした。
牧師は、何年一緒にいたかという年月の長さではなくて、
共にいた時間の質が大事だとアドバイスをくれた。
その話を聞いたとたんに肩からすとんと重荷が降りた気がした。
一時一時が大切なのだと思うととってもその時間が大切になり、幸せな気分になった。
9月に抗がん剤の治療が始まり、10月に終わった。
12月に抗がん剤投与の結果が出た。
癌細胞は見当たらないと言われ、次の検査は3ヶ月後となった。
そんな検査を続けて、まさに1年が過ぎた。
1日1日、神様から与えられた大切な日を、丁寧に大切に
過ごすことの楽しさを感じている。
癌という病に出会わなかったら、来年の事、再来年の事・・と今でなく、
先の先の先ばかりを考えて過ごしていたような気がする。
今日という日の積み重ねの先に来年があり、再来年があることの
日々の大切さに気がつかなかったかもしれない。